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走り梅雨の中、白壁の町へ (続々)

二日目は、大原美術館へ出陣です。
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雨の中を、ホテル レストランから見える新渓園へと、左に曲がって行くと
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が右に見えますが、こちらは分館です。
左に進んで、美術館正面を目指します。
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右手の向こうには、ホテルの建物が見えます。
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さて、一つ一つ、見せていただきます。
モネの「睡蓮」は、水面に空の白い雲を写したというのが、遠く離れて見て分かりました。
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モネは、小さな水面に大きな空を写す手法を浮世絵から学んで描けた、と言っているそうです。
どんな浮世絵なのでしょうか。
そして、そして、
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です。
とうとうやってきました。
振り返り見上げるマリアと、舞い降りて知らせるガブリエル。
知らせにきたガブリエルに正対して跪き、受けるマリア、、、がよく見る構図ですが、こちらの構図では、なんとも言えないマリアの表情が驚きと受容を表しています。
二人の右手が、またとても雄弁な感じです。
ゴヤは手指を描くのが苦手で、一本一本の指などまるで区別がつきませんが、このグレコは違います。
エル グレコ、、、ギリシャ人、、、二人の顔立ちはやはりギリシャ人を色濃く反映しているようです。
絵の前に置かれたベンチに座って、こんなことを思いながら、少し長い時間を過ごしました。
スペインにいる絵を描くギリシャ人、、、とはしかし、どういう人事異動の結果なのでしょうか。
奴隷として、流浪してきたのでしょうか。
ギリシャの神々はもう頭から消え去っていて、キリスト教に完全に帰依していたのでしょうか。

本館の次は、工芸館・東洋館と周り、最後は分館でした。
棟方志功の懐かしい版画をたくさん見ることができました。
分館入り口右手のムーアの作品がやってきたときは、随分と報道された記憶があります。

美術館の外は
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橋の下には大きな鳥がいます。金網で仕切られてこちらには来れません。
そして
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流れは
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続きます。棟方志功は水の中に亀を見たのでしょうか。
牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けて、じっと見入っていたのでしょうか。
志功の揮毫
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のある、こちらでランチを頂きました。そして
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の美観地区を散策し、アイビー スクエアにある倉敷紡績の記念館を見学し、
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大通りに面したこちらのお店で、美味しいコーヒーを頂きました。
ホテル(倉敷国際ホテル)に戻って、ロビー
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の壁画に驚きました。
棟方志功ではないですか、、ここにもあったのです。
深いところから、燃え上がらない炎のような、不思議な情が移ってくる感じを、よく受けたものでした。

色々なことを思った日でした、、、少しずつ、思い出し、また書いて行きます。



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by ymmatheb | 2018-05-10 08:13 | | Comments(0)

走り梅雨の中、白壁の町へ (続)

昨日の夕方は、ホテルの窓から見える緑の丘にある、阿智神社にお参りしました。
美観地区の入り口から、スタートします。

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江戸時代のような町中を抜けて、

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参道の始まりに着きました。この大きな岩の苔の着き方に驚きました。
百年ぽっちくらいでは、とてもこれだけ着かないでしょう。
果たしてどのくらいの年月が閉じ込められているのでしょうか?

少し石段を登ると、阿智神社の隣のお寺さんの鐘楼が見えます。
夕刻五時には鐘の音を響かせていました。(その後、六時、七時にも聞こえていました。)

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ホテルの窓からも見えていた鐘楼です。
そしてまた少し登ると、着きました。

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右の小さく見える石に刻まれているのは、「厄除坂」の文字です。
同行者は『ヤッター!!』と大はしゃぎしています。
今年は周り中でよくないことばかり、、『これで厄払いできる!』と。
近親者のお葬式から始まった今年(西暦)を振り返りながら、一歩ずつ踏みしめて登りました。社殿は、、

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しめ縄に感動しながら、お参りをしました。周りは、、

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右は絵馬殿、、

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そして灯篭の向こうに町、、
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と、、
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もあります。社殿左手奥を下って行くと
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がありました。「阿知の藤」です。九百歳の藤、、
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です。今は養生中(入院のような状態)で、この時期にしては葉も少ないです。
地を這うように伸びる太い幹に震えるような感動を覚えました。

神社の名にも取られた「阿知」は、「阿知潟」が元だったということです。
これはとても腑に落ちることでした。
電車の窓から見える景色で、右手と左手に見える小高い緑の丘、、、これが電車の進む平らな地面に対して、島のように感じられたのです。
平らなところが海ならば、丘はちょうど島みたいだ、、、と思ったのです。
水島とかは干拓・埋立地と、聞いたことがあるような気がします。
この連想から、丘が島に見えてきました。

そして、「阿知」が「阿知潟」と上の参道の始まりで知って、腑に落ちました。
新潟などと同じ、潟がついての地名、、、これは遠浅の海、、、干拓して平らな土地を作るのに適していたことを意味していて、その時は島だったところに神社を建立したのではないでしょうか。。。

そう思うと、公園やあちこちのむき出しの土地が、元砂浜に見えてきました。
実際、砂が敷き詰められたような感じの土地が多いのです。
撒かれたのかもしれませんが、何となく納得してしまいます。

もう一つ、ホテルでも飲食店でも、いただくお水の味にかすかに塩味(海水のような)を感じるのです。
ムムム、海が近い井戸の水かな、、、なーんて、、、思ってしまいます。
健康には良いかも。。。

アチという音は、どこからきたのでしょうか。アチガタからでしょうか。
あっちの潟、、入江、、遠浅、、でしょうか。

(五月十日 追記)
三日目に、岡山駅の地下通路で

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こんな広告を見つけました。
これは、上の「阿知・阿知潟」の話を、一目瞭然に覚らせてくれます。
島と島の間の海で、色づいたところがやがて陸地になったのでしょう。



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by ymmatheb | 2018-05-09 06:58 | | Comments(0)

わからないことを理解できるまで追求します。数学と合唱ではできるまで。


by 九天
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