ハーモニー 第一 3

発声練習(その十七)

合唱は身体を使う運動の一種と言えます。
よって、喉・腹筋などの筋肉が適切に動けるようになるまで練習が必要です。
そして、こうしなさいという注意も、自分の身体がそれを分かって試せるくらいに筋肉が備わり、コントロールする意識も高まっていないと受け入れられません。
それまでは基礎的なことを重ねて鍛えるしかありませんが、やがて注意の意味をすぐに理解できて、実行できるようになります。
ブレークスルーとでもいうべき時がやってくるのです。

昨日、指揮者の先生が言われた注意が、そうでした。
「下に降りてから、上がる時に声を変えなくてはいけないように降りてはいけません。なめらかな波が続くように降りて。」
今は、この意味がすぐに分かり、やって見ることもできるのです。
以前は、違いました。
頭声に絡めて、あるいは高音が出現するとき、先生はたびたびこの注意を繰り返してこられましたが、自分はよく分かっていなかったのです。
まして、良い場合・悪い場合を自分でやって見ることなど、できませんでした。
今は、下がっても上から発声を続けてなめらかさを保つことが、自分でできるのです。

今まで、ずっとこれができなくて悩んできました。
前は、ピッチを外してはいけない、今度は下がるぞ、さあ外さないように、、アー、、とやっていました。
だから、単音のピッチはあっていても、メロディーに乗って歌うどころではなかったのですね。
ましてや、スラーなんて適用外だったのです。
声を変えなくてはいけなかったのでした。

一年半ちょっとで、ブレークスルーできたのは、ボイストレーナーの先生によって、有無を言わせぬ身体の使い方を覚えさせられたこと、そして指揮者の先生によって、よくない時はその時その時に必ず注意していただいたおかげと理解しています。

そうそう、ラテン語の歌はイタリア語の発音、つまりイタリア訛りが主に歌われるとのことで、今まで英独訛りばかり聞いて来ましたが、今までのオラ イェイロの歌詞などはイタリア式の読み方も書き加えることにします。
よく見かけるのは、英独式ばかりでした。
アル パキーノではなくて、アル パチーノですね。

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最近はポップスなどが聞こえてくると、何、この雑な音楽は、、、という感じがして聞くに堪えません。
ジャズなども粗雑感がして、寛ぐのに聞きたい、、とは思わなくなりました。

いつの間にか、美しい和音の流れを当たり前と思うようになっていました。
音域も広く、組み合わせも複雑に、音が響いて当たり前という前提で、聞こえてくる曲に簡単には満足できないのです。

ストレスが強かった頃は、オペラ・交響曲等に暇なときは聞き入っていましたが、ストレスが減った今、それらもあまり聞きません。
しかし、もう矢も盾もたまらず、オペラを観たくてたまらなくなる時があります。
今はイェイロとかラターの合唱を聞きたいな、と思うことがあります。
CDとか配信ものではなく、どれも実物のみ、、、
この調子でどこに向かってるのか、、、ナゾではあります。。



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by ymmatheb | 2018-07-30 18:29 | 合唱・発声練習 | Comments(0)

わからないことを理解できるまで追求します。数学と合唱ではできるまで。


by 九天
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